2024.05.04

APACのマーケティング責任者が日本市場で成功するためのガイド

Yuichi Ishino

シンガポール、オーストラリア、香港の日本市場担当者に立ちはだかる障壁

世界で4番目に大きい経済力(GDP)を誇る日本は、グローバル展開を目指す企業にとって非常に魅力的な市場です。一方で、その独特の文化、商習慣、法規制、働き方などは外部から見るとなかなか理解しがたい側面も存在します。加えて、英語があまり通用しないことから、日本のローカルな事情を簡単には把握できません。

そのため多くのグローバル企業は、まずはシンガポール、オーストラリア、香港などの英語圏のアジア拠点から日本市場の可能性を探ることが一般的です。いきなりの本格参入はリスクが高く、現地の状況を確実に掴んだ上で、徐々に展開を広げていく戦略を取るのが賢明だからです。

このブログでは、APACにおけるマーケティング責任者の皆さんが日本市場を見据えた際に直面する様々な障壁と、それらを乗り越えるための実践的なソリューションをご紹介していきます。

1. 言語の違い

日本ではビジネスの場でも英語の使用が限定的で、コミュニケーションの主力は日本語となります。APACの多くの英語圏とは異なり、日本語力の習得か強力なローカライズパートナーの支援が必須です。さらに、ビジネスエチケットや文化的ニュアンスの理解と尊重も欠かせません。

この言語の壁は意外なほど高く、ウェブサイトやホワイトペーパーのローカライズでもその難しさが露呈します。グローバル企業が英語コンテンツを翻訳会社や自動ツールで各国語に直すケースは一般的ですが、日本語の場合はこの手法だけでは不十分なのが実情です。なぜなら、日本語は漢字、ひらがな、カタカナの3種類の文字システムから成る複雑な言語だからです。これらの文字が持つ意味合いや読み方は状況によって変わり、適切に扱うには細かいニュアンスの把握が欠かせません。

例えば、同じ漢字でも文書ではビジネスライクな硬い印象を与え、ひらがなやカタカナを使えば柔らかく親しみやすい表現になります。このようなニュアンスの違いを自動翻訳では正確に再現できません。さらに、敬語の使い分けなど言葉遣いのエチケットも重要です。文化的な微妙な含みを適切に表すためには、プロの翻訳者やローカライズ会社の専門的な手作業が欠かせないのです。

日本語の言語とコミュニケーションの壁は、想像以上に高く切実な課題です。この障壁を乗り越えることが、日本市場への第一歩となります。

2. 日本の営業や開発チームとのコミュニケーション

日本市場に対するマーケティング活動をシンガポール、オーストラリア、香港などの地域から担当する際、日本のチームとのコミュニケーションは大きな課題となり得ます。特に、APAC地域のマーケティング担当者が、本社の指示と日本のローカル営業チームとの間で意思疎通に苦労するケースが多く見られます。日本の営業チームが望むマーケティング戦略がローカルの事情に深く根ざしており、それを本社に説明するのが難しいという問題に直面することは珍しくありません。

日本の市場特性や文化背景を詳細に説明する時間がない、またはそのような説明に慣れていないローカルの営業担当者もいます。しかし、この文化的・市場的ギャップを埋めることは、ローカル市場での成功へと直結します。日本では英語を話す人が少なく、外国ブランドに対する心理的なハードルが高いとされています。これを克服するには、ローカルへの深い理解と共感が必要不可欠です。

対策として、私たちは二つのアプローチを採用しています。まず、文化や市場理解を深めるために、本国の担当者、APAC責任者、日本のローカルチームを含む全関係者が参加するミーティングを実施します。この場で日本市場の独自性について詳しく説明し、共通理解を目指します。次に、ローカルで得た知見を英語でまとめたレポートを本国へ提出します。データを基にした結果分析を通じて、全員が英語で情報を共有し、プロジェクトの状況を把握できるようにします。これらの取り組みにより、文化的および市場的な違いを乗り越え、本社とローカルチーム間の効果的なコミュニケーションを促進することができます。

3. 日本市場特有のチャネル戦略

冒頭に述べたように、グローバル展開を図る上で、日本はその潜在力の高さから魅力的な市場と言えます。しかし一方で、他国とは異なる独自の特性を持つ市場でもあります。したがって、一般的なマーケティング手法をそのまま当てはめるのではなく、日本の実情に合わせて綿密な戦略を立案する必要があります。

まずは、競合分析や消費者調査、ソーシャルリスニングなどを総合的に実施し、日本市場の徹底的な理解を深めることが重要です。得られた洞察から的確にターゲット層を特定し、プロモーション戦略を策定します。キーワード選定や製品のポジショニングなどを日本市場に最適化することで、効果的なマーケティングが可能となります。

また、マーケティングチャネルの選択も日本市場に適したものを選ぶ必要があります。検索エンジンの利用ではGoogleが圧倒的に多いものの、Yahoo!JAPANも15%程度のシェアがあり無視できません。検索広告の予算アロケーションを行う際には、このような市場の実情を踏まえた上で慎重に決定する必要があります。

BtoBではLinkedInよりも国内SNSの活用が主流で、FacebookやTwitter、ブログプラットフォームのnoteなどが広く使われています。一方でBtoCではInstagramやLINEといったモバイル志向のSNSが重要視されており、若年層にリーチするための有力なチャネルとなっています。このように、各分野でチャネル特性が異なるため、徹底した分析と日本市場に合わせた使い分けが不可欠です。

私たちが、お客様向けにマーケティング戦略を立案するときは、お客様とともに目的や強み、競合環境などを掘り下げるワークショップを2-3時間行うようにしています。そこで戦略の基盤を築いた上で、KPIを設定し、具体的な施策とその優先順位を明確にします。こうした地道な取り組みを通じて、初めて日本市場の特性に適ったマーケティング戦略が描けるのです。

4. 消費者への情報の伝え方

日本市場におけるマーケティング戦略を構築する際、特に重視すべき点の一つが、情報の提供方法です。日本では、広告やウェブサイトにおける情報量の多さが一つの顕著な特徴として挙げられます。この背景には、購入前に製品やサービスに関する詳細な情報を求める日本の消費者のニーズがあり、これは文化的背景から来るリスク回避の手段として解釈されます。充分な情報提供は、消費者の不安を軽減し、製品やサービスへの信頼感を向上させる重要な役割を果たします。

このため、日本市場向けのマーケティング資料や広告を作成する際には、情報を提供することの重要性を理解し、その量と質に特に注意を払う必要があります。日本の消費者は、製品やサービスに関する広範囲にわたる情報を望んでおり、提供される情報の充実度が購入決定に大きく影響します。適切な情報提供のバランスを見つけることが、日本市場において効果的なマーケティング戦略を構築する鍵です。

また、日本人が好む情報の伝え方には、キャラクターや漫画を使った動画やホワイトペーパーの制作が挙げられます。これらの手法は、情報を楽しく、親しみやすい形で伝えることができ、日本市場で効果を発揮します。こうした視覚的かつストーリーテリングに重きを置いた伝え方は、情報の理解を深めるとともに、記憶に残りやすいという利点をもたらします。

5. 日本特有の商習慣

日本のビジネス環境は、APACの他の国々と比べても特に独特な側面があります。長期に渡る商談プロセスや、頻繁な対面での打ち合わせ、細部まで入り込んだ契約書の条件交渉など、時間をかけた地道な取り組みが欠かせません。また、人脈作りの根回しや名刺交換の作法、宴会を通じた人間関係構築など、日本特有の商習慣にも慣れる必要があるでしょう。このように日本のビジネス文化を理解し、適応していくことが、現地での成功のカギとなります。

この商習慣の違いは、コンテンツマーケティングの実践においても顕著に表れます。海外でよく見られる「デモのリクエスト」といった手法は、日本ではあまり効果的とは言えないのが実情です。日本の担当者は、製品やサービスを検討する際、デモを実際に体験したり営業に接触する前に、ホワイトペーパーやサービス概要を入念に確認したがるからです。つまり、マーケティングの初期段階から、ローカライズされた詳細な情報資料を提供する必要があるのです。

日本市場に合わせてコンテンツアプローチを変える必要があり、単に「デモのリクエスト」を呼びかけるだけでは十分ではありません。ランディングページを用意し、ホワイトペーパーやサービス概要を日本市場向けに徹底的にローカライズすることで、見込み客の関心とニーズに応えられるはずです。

6. 法規制とコンプライアンス

日本における事業運営では、複雑で厳格な法的規制を順守することが極めて重要となります。そのため、現地の法律に精通した専門家からの適切なアドバイスやエージェンシーの意見を仰ぐ必要があります。定期的に専門コンサルタントと相談し、自社の活動が日本の法令に沿ったものになっているかどうかを確認する習慣を持つべきです。また、業界団体に加入することで、新たな法改正や規制の動向を常に把握できるようにしましょう。

特に、マーケティング施策においては、景品表示法などの広告規制を徹底して理解しなければなりません。一般的な懸賞広告規制はもちろんのこと、近年はインフルエンサーマーケティングなどのステルスマーケティング規制も強化されてきているため、注意を要します。さらに、業種によっては、医薬品やコスメ分野における薬機法対応など、追加の専門的な法令知識が求められます。

加えて、プライバシーマーク取得やCSR、サステナビリティ対応など、企業の社会的責任を示す制度への適切な対応も不可欠です。ただし、日本では欧米に比べてサステナビリティへの意識がやや低いのが現状です。このため、日本市場に対するナーチャリングと、自社の日本チームへの啓蒙活動も並行して行う必要があるでしょう。コンプライアンスやガバナンスコードの順守は、単なる義務を超えて、お客様の信頼獲得や企業ブランド向上にも大きく影響します。

日本市場での成果は、ローカルへの深い洞察と理解から生まれます。APAC地域から日本市場のマーケティグを行うには、複雑な文化的背景と商慣習を学ぶ必要があります。これに基づいて戦略を慎重に展開すればきっと成功するはずです。適切なパートナーやエージェンシーを選び、ぜひ持続可能なビジネスモデルを築いてください。

Writer

Yuichi Ishino

Managing Director

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