2024.05.04

外資系企業の日本でのマーケティング: 一人担当者が直面する課題と解決策

Yuichi Ishino

このブログは、外資系企業において日本市場のマーケティングを担う人材が直面する課題に焦点を当てています。多国籍企業であっても、初めは大規模なチームを日本に配置するのではなく、一人または少人数のチームで市場を立ち上げる場合が一般的です。本ブログは、そうした方々を支援することを目的としています。

外資系企業が日本に進出すると、言語の障壁や文化の違いを超えて、より根深いマーケティング課題に直面することになります。その課題とは、日本独自の歴史的背景やビジネス習慣に由来するものです。例えば、日本の消費者は製品やサービスについて、他国の消費者よりもはるかに詳細な情報を求める傾向にあります。さらに、おもてなしの心を重んずる日本の考え方がビジネスの場にも浸透しており、顧客サービスと対話の質に対する期待値が非常に高くなっています。

こうした側面は、参入企業にとって大きな障壁となり得ますが、十分に理解し適切に対応できれば、かえって実りある事業機会につながるはずです。

以下、これらの独自の市場環境における課題を掘り下げて検証し、TAMLOがクライアント企業にどのような実践的なコンテンツマーケティングの解決策を提供しているかをご紹介します。

1) 言語とコミュニケーションの障壁

課題: 英語での本社とのやり取りと、日本語でのベンダーや顧客とのコミュニケーション。

解決策: 外資系のマーケティング&コミュニケーション部門で働く多くの方はバイリンガルですが、言語の障壁を越えるためには、単なる翻訳以上の努力が必要です。文化的なニュアンスやビジネスコンテキストを正確に伝えるためには、現地の文化に精通したバイリンガルスタッフが大きな支援となります。さらに、広告、宣伝、広報の分野における最新情報を両言語で扱うことは容易ではありません。本社とのコミュニケーションでは、誤解を避け、明確なメッセージングを実現するために、シンプルかつ直接的な表現を用いることが重要です。

例えば、私たちがよく依頼されるのは、「専門家として本社の責任者に説明してほしい」という内容です。日本語で得たデータや情報を英語に翻訳し、レポートを作成してコミュニケーションの隙間を埋める作業は珍しくありません。

2) ローカライゼーションの課題

課題: 製品やマーケティング資料の言語だけではなく、文化的適応も必要。

解決策: ローカライゼーションには、単に言語を翻訳する以上の努力が求められます。情報の提示方法や画像の選択、さらにはレイアウトの設計に至るまで、文化によって受け取り方が大きく変わるためです。この問題を解決するには、ローカルの文化に精通したマーケティング専門家やコンテンツ制作者をプロジェクトチームに加えることで、製品やサービスを日本市場に適合させます。また、ローカルの消費者やビジネスパートナーからのフィードバックを積極的に収集し、それを製品開発やマーケティング戦略に反映することも、非常に重要です。

日本における広告やウェブサイトの特徴の一つに、情報量の多さがあります。日本の消費者は、購入前に詳細な情報を求める傾向があり、これは文化的な背景からくるリスク回避の一環と解釈されることがあります。実際、多くの情報を提供することで消費者の不安を軽減し、製品やサービスに対する信頼性を高める効果が期待できます。したがって、マーケティング資料や広告では、この文化的特性を理解し、適切な量と質の情報提供が求められるのです。

3)市場特有の戦略の開発

課題: 特定の製品やサービスに対する日本独特の需要。

解決策: 日本市場で成功を収めるためには、その独特なニーズに合わせたマーケティング戦略を策定することが不可欠です。この過程では、競合分析、キーワード分析、ソーシャルリスニング、フォーカスグループインタビューといった包括的な市場調査が欠かせません。これらの多面的なアプローチによって得られた洞察を基に、ターゲットオーディエンスを特定し、プロモーション戦略を策定し、効果的なキーワードを選定し、製品やサービスのポジショニングを精密に調整します。

さらに、日本固有のマーケティングチャネルやSNSを効果的に活用することも重要です。BtoB分野においては、日本ではまだLinkedInが一般的ではなく、Facebookやその他のプラットフォームが使われている傾向にあります。また、コーポレート情報を発信するために「note」などのブログプラットフォームを利用する企業も増えています。BtoC分野では、InstagramやLINEなどが広く活用され、これらを介したマーケティング活動が特に若年層との効果的なコミュニケーション手段となっています。

例えば、私たちは、お客様のマーケティング戦略を構築する前に、必ず2〜3時間のワークショップを行うことを心掛けています。このワークショップでは、「目的」「強み」「競合」を深掘りし、戦略の基盤を形成します。また、「KPI」の設定を通じて目標を明確にし、そこから派生する具体的な施策を考案し、優先順位を定めていきます。このアプローチにより、日本市場の独特な要求に対応した効果的なマーケティング戦略を展開することが可能になります。

4)法規制とコンプライアンス

課題: 日本の複雑な法律や規制への適応。

解決策:日本の法律や規制に適応するためには、専門知識を有する専門家のサポートを受けることが欠かせません。ローカルの法律顧問に定期的に相談することで、事業運営が日本の法規制に準拠しているかを確認することができます。さらに、業界団体に参加することで、法改正や規制の最新情報を迅速に入手することが可能になります。

特に、広告やマーケティング活動においては、景品表示法への理解が不可欠です。一般的な懸賞規制のみならず、近年ではステルスマーケティング(いわゆるステマ)に対する規制が強化されています。加えて、特定の業界で必要とされる知識も押さえておく必要があります。例えば、医療やコスメ分野では薬機法への対応が求められます。また、プライバシーマーク認定や個人情報保護法、そして企業の社会的責任(CSR)やサステナビリティに関する規制など、多様な規制への対応もますます重要になっています。

5) バイリンガル人材の採用と管理

課題: 効果的なチームの構築と管理。

解決策: 効果的なチームを構築するためには、多様性に富んだ採用戦略を採ることが重要です。特に、国際的なバックグラウンドを持つ人材や、異文化間コミュニケーション能力を有する人材の採用は積極的に行うべきですが、このような人材は日本市場において豊富には存在しません。外資系企業の日本オフィスでは、マーコム担当者が人事と密接に連携し、共にコンテンツ制作を行うことが珍しくありません。

では、応募者の関心を引き、自社を魅力的に見せるためのコンテンツとは、具体的には何でしょうか。立ち上げフェーズやテストマーケット段階の日本市場では、しばしば競合他社と比較して年収が劣ってしまうことがあります。このような状況で応募者に自社を選んでもらうための要素としては、会社のビジョン、福利厚生、働きやすさ、企業文化などが挙げられます。特に、本社の代表者やカントリーマネージャーによるビジョンの共有は、採用コンテンツにおいて非常に重要です。また、従業員が語る職場の雰囲気や企業文化に関する内容も魅力的な採用材料となります。

私たちはこうしたコンテンツの制作を多く手掛けてきましたが、その際に重要なのはニュアンスを正確に伝えることだと感じています。マネージャーや従業員によるインタビューを英語で実施し、それを日本語のコンテンツに落とし込む過程で、文化的ニュアンスや言葉遣いに細心の注意を払う必要があります。その結果、応募者にとって魅力的で、かつ真実性のある企業イメージを築くことが可能になります。

6) パートナーシップと関係構築

課題: 信頼関係の構築に必要な時間と労力。

解決策: 日本のビジネス環境では、信頼関係の構築が成功へのカギとなります。この目的を達成するには、長期的な視野を持ち、いったん築いた関係を丁寧に育てていくことが求められます。面と向かっての交流を増やし、公式の会議だけでなく、カジュアルな設定でのコミュニケーションも大切にすることが、このプロセスの核心です。

ただし、これは本社の担当者にとっては理解しづらい点も多いかもしれません。例えば、事前調整(根回し)の文化、名刺交換の習慣、宴会を通じた親睦の深化などは、日本独特のビジネス習慣の典型例です。これらの文化的要素を本社の人々に説明し、理解してもらうために、私たちのようなエージェンシーが頼られることも珍しくありません。

このような文化的な差異への適応は、単に情報を共有すること以上の意味を持ちます。それは、相互理解と尊重の基盤の上に構築された関係を通じて、ビジネスの枠を超えた真のパートナーシップへと進む道を切り開くことを意味します。したがって、海外の本社と日本のオフィスとの間で、文化的な橋渡しを行うことは、成功への重要なステップとなります。

7) 承認プロセスの長さと複雑さ

課題: スピーディな対応を期待する市場において、本社の長い承認プロセスが障害となること。

解決策: 本社との円滑なコミュニケーションを確保し、市場の要求に迅速に応えるためには、事前に明確なガイドラインを設定し、期待を合わせることが必要です。プロジェクト開始時に、すべての関係者が承認プロセスを共有し、その内容に合意します。また、緊急事態への迅速な対応を可能にするため、ローカルチームに一定の意思決定権を委ねることを検討します。このアプローチにより、プロジェクトの遅れを防ぎ、効率的な意思決定を促進します。

さらに、時差によるコミュニケーションの遅れを最小化するために、コミュニケーション可能な時間帯をあらかじめ設定し、その時間内に重要な会議や議論を集中させることも重要です。SlackやTeamsなどのコミュニケーションツールを活用することで、時間差があっても情報共有や意思決定がスムーズに進むように工夫します。

特に、少人数のチームをサポートする場合、私たちはメールよりも、SlackやTeamsのようなツールを用いて社内の承認プロセスを可視化し、プロジェクトを前進させることを推奨しています。必要に応じて、これらのツールを介して、本社の関係者に日本独自の文化やルールを説明することがあります。また、私たちは、双方の作業時間を尊重し合うために、クライアントと共にコミュニケーションルールを設定することを心掛けています。このような取り組みを通じて、文化的差異や時差を乗り越え、プロジェクトを円滑に進めるための基盤を築きます。

8) 営業サポートと顧客サポート

課題: 商習慣の違いと、高品質の顧客サポートを期待する日本市場。

解決策: 国や地域によって商習慣は異なり、日本市場の特性を理解することは非常に重要です。例えば、海外のSaaS系サービスで一般的な「デモのリクエスト」は、日本では必ずしも効果的なコンバージョン戦略とはなりません。日本では、製品やサービスを検討する際に、実際のデモを試す前や営業担当者と接触する前に、ホワイトペーパーやサービス概要を詳しく読み込みたいと考える担当者が多いためです。このため、マーケティングの初期段階で、ランディングページを用意し、ホワイトペーパーやサービス概要を日本市場向けにローカライズすることが効果的です。

また、日本では顧客サポートへの期待が非常に高いため、これを満たすには技術的なサポートチームやカスタマーサービスチームの強化が欠かせません。知識豊富なスタッフを配置し、顧客からの問い合わせに迅速かつ的確に対応することが重要です。FAQセクションやオンラインヘルプセンターなどの自助リソースを充実させることで、顧客自身が問題を解決できるようにサポートします。これらの自助リソースの作成にあたっては、実際の顧客の疑問を想定したシミュレーションを行い、コンテンツの質を高めることが、顧客満足度の向上に繋がります

外資系企業の日本進出において、マーケティング・コミュニケーション担当者は言語の壁、文化の違い、法規制への対応など、多くの課題に直面します。しかし、日本の事情やニーズを的確に捉え、エージェンシーなど適切なサポーターを得ることで、これらの課題を乗り越えることができます。本社との緊密なコミュニケーション、現地スタッフの力量強化、パートナー企業との信頼関係構築など、さまざまな対策を講じることが成功への鍵となります。変化の激しい現代社会において、異文化への理解と適応力は企業が生き残るために欠かせない要素だといえます。

Writer

Yuichi Ishino

Managing Director

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